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公立学校共済組合 関東中央病院

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現代のうつ病 Part2

「現代型うつ病」と“新型うつ病”

関東中央病院 メンタルヘルスセンター長
松浪克文

Part1では、現代によく見られる軽症の「うつ病」について解説しました。
その際、いわゆる“新型うつ病”は“~うつ病”という名前ではあるが、実は、中核的な「うつ病」ではないことに触れました。このPart2では、さらに“新型うつ病”を医学的診断するならばどのような診断がふさわしいのかについて簡単に触れた上で、「現代型うつ病」の特徴についてさらに詳しい解説を試みます。

“新型うつ病”問題 用語法に問題有り!

Part1でのお話を再度整理しておきます。
昨今、新聞、雑誌、テレビなどで、現代社会に比較的若年の勤労者に多く見られる社会適応の失敗の様子が“新型うつ病”という言葉で呼ばれて「うつ病」の一種として伝えられることがありますが、症状の特徴をよく吟味すると、この病像に「うつ病」という診断を行うことは妥当ではありません。したがって、“新型うつ病”は「うつ病」が現代的に変化したものとは言えません。それでは、現代に特徴的な「うつ病」の病像が存在する、という話は事実無根なのかというと、そうではなく、中核的な「うつ病」の病像はこの4,50年の間に変化してきており、「うつ病」像の現代的変化は存在します。

まとめると、
「現代型うつ病」;本格的な「うつ病」の病像が現代的に変化したもの
“新型うつ病”;現代に多く認められる社会適応の様子ではあり、「うつ病」に似てはいるが、本格的な「うつ病」ではないものということになります。

“新型うつ病”を「うつ病」とは診断できないなどと言うと、「なにを言っているのかわからない」「じゃぁ、どうして“新型”の“うつ病”と呼ぶのだ?」とお考えになる方も多いかと思います。「うつ病」という言葉の意味がこのように錯綜してしまった原因は、わが国における用語法の不明確さにあります。

ここ3、40年の世界の精神医学ではアメリカ合衆国が中心になって、従来の伝統的診断学を捨てて新しく国際診断基準を作成して臨床や研究に役立てようとしてきました。その代表的なものをDSM診断学(精神障害の分類と診断の手引き)といいます。DSMの中で、従来からわが国の臨床で「うつ病」と呼ばれてきた病像にほぼ相当する精神疾患は「大うつ病性障害」というものですが、しかし、この「大うつ病性障害」と従来的な(中核的)「うつ病」はまったく同じ病像というわけではないので、ケースによっては「大うつ病性障害」と診断できるが「うつ病」ではないという場合が出てきます。ところが、わが国の精神科医の中には、DSMで「大うつ病性障害」という診断がついた症例を(「大うつ病性障害」と呼ばずに)「うつ病」と言い換えてしまう人が多く、マスメディアでもこの用語法をそのまま用いて解説が行われてきました。つまり、実像が異なる二種の精神状態が「うつ病」という同じ言葉で呼ばれていることが混乱のもとなのです。精神科医ではない一般の方々が医学の用語法の問題に気づくことができないのはもっともなのですが、しかし、精神科医さえ、この言葉のすり替えが招く矛盾に無自覚のまま「うつ病」という言葉を用いていることが多く、精神科医の間でも不必要な混乱した議論が起きてきました。「うつ病」という日本語に関する混乱ですので、これはわが国特有の用語上の問題です。近年、精神神経学会は「大うつ病性障害」を「うつ病」と呼ぶことに統一する、という方針を打ち出しましたが、この方針の是非についてはややこしい議論が必要なので省略します。ここでは、“新型うつ病”は本格的な「うつ病」ではないので、“新型うつ病は、うつ病らしくないので、変だ”ということで頭を悩ます必要はない、ということだけ心にとめていただければよいと思います。

“新型うつ病”の正体は?治療はどうしたらよいか

いろいろな場合があるのですが、“新型うつ病”は「~うつ病」と呼ばれてはいても実は、神経症(パーソナリティ傾向のための適応障害)や重度ストレス反応(ストレスフルな事件や状況に対する心理的反応)、パニック障害(不安発作)、対人緊張の強さ(対人恐怖、社交不安)などである場合がほとんどです。なかには、統合失調症、広汎性発達障害・・・・・などの診断が可能な場合もあります。さらに、その精神的苦痛には精神医学的に異常性が認められず、問題の中心がパワーハラスメントや過酷な職場状況だという場合もあります。その場合には、問題の本質は「精神科的問題」ではない、ということになり、問題解決の方法は「治療」ではなく、状況の改善、現実的問題への具体的対処ということになるでしょう。このような多様な疾患や現実的問題を含む可能性のある精神状態を“新型うつ病”という言葉で呼んでその特徴を掴もうとしてみても、現代によく見られる職業人の悩み方を収集していることにはなりますが、精神医学的になんらかの疾患の特徴を捉える方法としてはまったく不適切です。

とはいえ、経験的には、“新型うつ病”と呼ばれる病像の多くは、なにかきっかけとなる事件や事情(ストレッサー)に心理的に反応して症状がでるという「重度ストレス反応」であるか、あるいは特有の性格傾向のために適応に支障がでるというケースです。これらのケースに対しては、薬物療法だけ、という治療方針は不適切で、精神療法的な観点つまり、対話による治療というアプローチが欠かせません。“新型うつ病”という名称を用いていると、どうしても病状を本格的な「うつ病」類似のものとして扱う傾向に陥り、治療方針を「うつ病」の場合と同様な薬物療法中心に設定してしまいがちなので、われわれ精神科医もこの点を注意していなければならないと考えています。

「現代型うつ病」の特徴とは?“新型うつ病”とは違う!

「現代型うつ病」は中核的な「うつ病」の現代的変化ですが、しかしわざわざ「現代的」という形容詞をつけることにどんな意味があるのでしょうか。現代のうつ病の変化とはどういうことをいうのでしょうか。

「なーんだ、そんなことか」と言われるかもしれませんが、私の考えでは、中核的な「うつ病」の現代的変化とは要するに、「軽症化」ということにつきると思います。もちろん、現代でも中等症、重症のうつ病の方はおられますが、「軽症」の段階で受診する人が断然多くなったために病像にも微妙な変化が起きているというのが現代の特徴だと言えるでしょう。従来のうつ病のように中等症ないし重症になってからの受診ですと、疑う余地のないうつ病症状が色濃く病像を形作っていることが多いのですが、軽症の場合、病気のための精神的変化がその人本来の考え方や感じ方に及ぼす影響がひどくはないので、患者さんご本人がさまざまに対処行動を取り、また、さまざまな表現でご自分の心理を語ることができます(中等症、重症の「うつ病」になると、うつ病症状のパターンが感情、行動、用いる言葉にまで浸透して、みなさんだいたい同じような訴えかた、表現になってしまいます)。そのため、現代では、「うつ病」の症状の訴え方、病気になったときの心理に、現代社会に生きる勤労者、家庭人の人間観、価値観、生き方が色濃く反映されることになるのです(とくに、現代人が個人として会社などの組織とどのような関わり方をしているか、職場の同僚との人間関係をどのように感じているかが現代的病像変化に影響を及ぼしています)。しかし、あくまで、現代的だとは言っても本格的な「うつ病」ですから、「うつ病」の中核的な症状があり、それは反応性、神経症性の抑うつ状態とは異なるものです。

以下に、「現代型うつ病」(1991)の特徴を表にして示しました。

「現代型うつ病」(1991)の特徴
  1. 比較的若年の男性に多い
  2. 症状が出そろわない発症早期に受診する(不全型)
  3. 当惑ないし困惑を訴える
  4. 制止が主景であり、身体的不定愁訴を訴えることがある
  5. 趣味などの快を求める私的活動領域を持っていることが多い
  6. 対他配慮性が少なく、自己中心的に見える
  7. 組織への一体化を密かに忌避、罪責感の表明が少ない
  8. 几帳面ではなく、律義でもない
  9. 閉め切りに弱い、職場恐怖的心理を有する

現代社会では、すでに終身雇用制や年功序列制という組織文化~風土がなくなってきていますし、それに応じて、個人の自由や創造が価値の高いものとされ、これと表裏の関係にある個人責任などが強調されています。「他人の事情を斟酌した」言動をとることや「几帳面で律儀な」働くスタイルが昔のようには評価されなくなっています。それに応じて、「(会社に)骨をうずめる」「家族の一員のように尽くす」というような心理を持つ勤労者は少なくなっています。そこで、うつ病になっても、「会社に迷惑をかける」とか「みんなに申し訳ない」という気持ちを(たとえ心のうちにはあっても)そのまま直接表現する人が少なくなりました。この傾向が症状の訴え方にはっきり反映されるのは、上述した軽症化のためです。現代では、うつ病になり始めた、ごく初期、つまりうつ病性の能率低下や意欲低下が生じてきてそれほど時間がたたない時期に受診される方が多いので、ご本人がまだ、「うつ病」の症状に支配されきってはおらず、「これはおかしい」と自分で認識しておられるということです。そのため、重篤なうつ病性の「抑うつ気分」を訴えるというよりは、「困っている」「当惑している」というニュアンスの訴え方をする方が増えています。

「現代型うつ病」のもうひとつの大きな特徴は、「時間に追われる」ということを強くストレスに感じていて、むしろそのことを恐怖しているような心理に陥っている方が多い、ということです。もともと「うつ病」になりやすい方は「自分のペースを守りたい」という気持ちが多少強いので、現代社会のスピードを重視する傾向自体を苦手なことと感じておられます。このため、自分の生活のペースを守る、維持するという感覚で、ルーティーンにしている生活習慣、趣味行動を「うつ病」になりかかっていてもなんとか続けようとされていることがあり、これは、言ってみればうつ病症状に対する対処行動だと思われます。

このほかにも現代に特有の、ごく微妙な変化があるのですが、あまりに専門的になりますので、割愛します。それでも以上述べましたことを心に留めておかれれば、ご自身が、あるいは同僚、家族メンバーが本格的な「うつよう」になってもそのごく初期に気づくための助けにはなると思います。

軽症うつ病の入院治療について

軽症の「うつ病」の治療は基本的に外来治療で可能なことが多いのですが、しかし、「ある程度の時間が経過しても快復のきざしがない」、「なかなか生活リズムを整えられない」、「社会への復帰の際につまずいてしまう」などのケースでは、速やかに入院治療を考慮すべきです。私は外来治療で良くならないままに経過する限度は大まかに、3、4ヶ月くらいではないか、と考えています。つまり、「抑うつ気分ややる気のなさが少し残っていてなかなか治らない」というケースなどでは、そのまま外来治療を続けているよりも、治療方針を徹底できる入院治療を積極的に導入する方がよいと思います。「うつ病」や「躁うつ病」の入院は、統合失調症のような長期入院になることはあまりないのですが、それでも、生活リズムを整え、職場での適応の仕方を考え直し、徐々に社会へ復帰するという課題を無難に達成するためには、十分な時間をかけるほうが良いと思います。

入院治療の利点は、

  1. 状況離脱(発症した時期の状況から抜け出すことが必要です。入院したのに一種の開放感を感じるというケースもあります)
  2. 細かな薬物療法(外来治療ではきめ細かな薬物療法の変更はできないので、却って、薬物療法の調整に時間がかかってしまいます)
  3. 徹底した生活リズム調整(一般に、イメージされているよりもリズムを形成するというのは難しい課題です。とくに、一人暮らしの方の場合には、生活リズムの是正がなかなかできないことが多い)
  4. 精神療法に時間を割ける(外来治療で十分な話し合いを行うことは多くの場合、困難です)
  5. 安心感(苦しいときはすぐに対応してもらえる)
  6. 自分の病気の客観視に役立つ(実生活から距離をとっているので、客観的な視点に立てる)
  7. 病棟に関与する医師の間での臨床検討が可能である

などです。