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現代のうつ病 Part1

「現代のうつ病」の診断と治療について

関東中央病院 メンタルヘルスセンター長
松浪克文

「うつ病ってどんな病気なのか、わからなくなった!?」

現代では、地域の精神保健活動や職場の健康管理などにおいてメンタルヘルスへの取り組みがさかんに行われ、また新聞や雑誌、テレビなどでうつ病や躁うつ病についての情報提供が各所で行われています。誰でも漠然と“なにか調子が悪いな”と感じることはあるものですが、そんな精神的不調の中に、“疲れすぎているんだ”、“調子が悪い時期なんだ”などと考えるだけではすまされない深刻な事態つまり「うつ病」や「躁うつ病」という病的な状態があることは、多くの方がすでにご存じのことと思います。しかし、職場、学校、家庭に、「うつ病」や「躁うつ病」の正確な理解が十分に広がっているのかというと、必ずしもそうではないようです。というのは、家族のメンバーや会社の同僚・部下がうつ病に罹患した・・・などの事情で、“うつ病の情報を集めてみたが、いろいろな解説を読んでも、結局、どうも、よくわからなかった”という感想をお聞きすることが少なくないからです。このように「うつ病」の解説がわかりにくいのは、マスメディアや啓蒙書で用いられている「うつ病」という言葉の意味あいが、随所で少しずつ異なっているからです。

「うつ病」という精神疾患はともすると診断の基準があいまいで医師によって診断が異なる、ということが古くから問題になっていました。医師の間で診断が一致するように客観的な事実に基づく診断を行うという趣旨で、1980年代から米国の主導によって国際的診断基準が作成され、わが国においても次第にこの診断基準によって診断する医師が増えました。その代表的なものにDSM(精神疾患の分類と診断の手引き)があります。しかし、このDSM診断が用いられ始めて、むしろ「うつ病」という言葉の意味が混乱する状況が生まれています。どうしてそのような用語法の混乱が生まれたのかについては、PART2で簡単に説明しますが、とくに注意していただきたいのは、昨今マスメディアで話題になることが多い“新型うつ病”についてのさまざまな解説は、まさにこの混乱の中で出てきた不毛なうつ病論だということです。“新型うつ病”は“性格の未熟な若者がうつ病と診断してもらって仕事を休み、遊んでいる”などという風に説明されていることが多いと思います。多分に、嘲笑や皮肉をこめて描かれるこのような病像は、通常の「うつ病」のイメージとはかけ離れていて、“~うつ病”というようにうつ病の一つのタイプと呼ぶことに違和感を持つ方が多いのではないでしょうか。それでも、「“新型うつ病”はDSMなどの国際的診断分類ではうつ病と診断される」などといかにも科学的な物言いで言われてしまうと、“うつ病とはいったいどういう病気なのかわからなくなった”という感想を持つことになるのでしょう。

それでも、うつ病像は現代的に変化している!

“新型うつ病”は「うつ病」ではありません。したがって、“新型うつ病”は「うつ病」の現代的に変化したタイプだとも言えません。しかし、「うつ病」が時代によって変化しないというわけではなく、したがって「新型」の、つまり現代に特徴的な「うつ病」像は存在します。すでに1950年~1960年ころから、「うつ病」や「躁うつ病」の病像が微妙に変化しているということが精神医学の研究者の間で指摘されており、「うつ病」像は現代でも微妙に変化し続けているものと思われます。つまり、「うつ病」の病像はその時代の文化的、経済的、政治的状況の影響を受けて微妙に変化するものなのです。

そもそも、「うつ病」や「躁うつ病」は基本的な特徴を持った古くからある精神の「疾患」であって、この基本的特徴があればこそ「うつ病」「躁うつ病」という病気として認識されることが可能だったのです。したがって、「うつ病」像の変化といってもこの基本的特徴までが変化したのではないことを踏まえておかなければなりません。「うつ病」の基本的特徴までが変化してしまったら、もう「うつ病」だという診断さえできなくなってしまうことになり、したがって「うつ病の変化」を論じることもできなくなるはずです。「うつ病」の基本的症状はほぼ明確に認められるが、症状の現れ方、病的心理の表現のされ方に微妙な変化が起こっていることを「うつ病の現代的変化」として捉えるのが正確な理解です。“新型うつ病”はその基本的特徴を備えていないので、中核的な「うつ病」とも、「うつ病の変化」とも密接な関係はない、ということです。

それでは、“新型うつ病”ではなく、現代の都市部の勤労者によく見られる「軽症のうつ病」の病像について、とくに上述した基本的特徴のいくつかをおわかりいただけるように、簡単な解説を試みることにいたします。

家族の「うつ病」に早めに気づくために 「軽症うつ病」の初期症状

家族の誰かが、あるいは職場の同僚が、精神的不調に陥っているのではないかと思った時に、しかもその変化の程度がまだまだ軽いうちに「うつ病」かどうかを判断するのはなかなか難しいことです。「うつ病」と、ふつうの「人間関係の悩み、仕事上のトラブルやミスによる意気阻喪状態」(心がくじけて、やる気が落ちているが精神の障害とはいえない状態)や重度ストレス反応(くじけてしまった心の状態のために生活行動や職場での振舞いに支障が出て、精神の障害と考えてよいもの)との区別が難しいからです。しかし、いくつかのヒントがあります。

第一に、「うつ病」という精神障害があるときには、話し方、話す内容、ふるまい、表情、好き嫌い、習慣などがその人のそれまでのパターンと変わってしまい、“なにか変だ”、“なんか変わった”という比較的はっきりした印象を受けます。たとえば、普段から、自信がないというようなことは言わない人柄なのに、“もうだめだ”“やっていけない”などと漏らすようになって、“そんなことを言うなんて”、“あんな表情を人に見せるなんて・・・”、あまりにもその人らしくないと感じられる・・・・などという場合です。このような言葉を漏らすときの本人の表情は暗いというよりもむしろ無表情な感じを受け、声に張りがなく、話し方は抑揚のない単調なものとなり、姿勢が悪くいかにも疲れている印象を受けます。とくにその人をよく知っている家族や同僚から見ると、なにか“異様な変化だな”という印象を強く持つことが多いようです。ご家族がよく“うちの夫は最近、人柄が変わったようで、この間、朝、出勤するときの顔を見て、ぎょっとした”などと表現されることがありますが、このような変化を感じ取っておられるのだと思います。「人が変わったよう」な印象というと、なにか漠然としたあいまいな感じがするでしょうが、実際には、この変化の「異質性」は家族メンバーや職場の同僚にとっては非常にはっきりとしたものです。“こりゃぁ、なにか、ほんとに変だぞ?!”というとき、その変な感じが、病気以外の理由ではありえない、と確信できるほどです。

反対に、このごろ元気なくしょげているのだが、それでもこれまでのその人の表情、振る舞い、言動からみて“なにか変だ”とか“人が変わってしまった”という印象を受けるわけではない、という場合は「うつ病」である可能性は低いと想定しておいていいでしょう。そのような場合はたいてい、その人がどうしてそんなにしょげているのか、悲観的になったのか、そのいきさつ、原因を本人自身が語る、ということが多く、また(本人が言わなくても)周囲の人間にも薄々わかっているということが多いと思います。このしょげ方が仕事や大切な人間関係に支障が出るほどにひどい場合には「(重度)ストレス反応」という神経症レベルの精神的問題として「治療の対象」となります。そしてその治療法の主眼となるのは(「うつ病」の場合とは異なり)薬物療法ではなく、精神療法です。ご本人が苦しみ、悩むことになったいきさつを十分傾聴することが大切です。

第二に、大好きな趣味に対して興味を示さなくなったり、大好物をおいしそうに食べなくなります。ひどくなると、好きではない事柄全般にわたってまったく関わることができなくなってしまいます。反対に、どんなにつらい時でも、週に1回のゴルフに行くと嫌なことを忘れて楽しめる、という場合は、基本的には、“たぶんうつ病にかかっているってわけじゃないんだな”と考えてよいでしょう。ただし、この判断基準の要点は、ご本人が楽しんでいるというところにあることに注意していただく必要があります。というのは、現代では、職場で「うつ病」症状のために支障が出ているのに、趣味としての行動(たとえば、週末にゴルフに行く)を“楽しくはないんだけれどとにかく惰性のように続けている”といううつ病の方が増えているからです。このような従来の「うつ病」症状の性質と矛盾するような行動をとるタイプ、つまりごく軽症のうつ病像は現代で増えており、私が「現代型うつ病」を記述したときに注目した点です。少なくとも現代では、“趣味を続けることができているのだからうつ病ではない”とは言えないということは覚えておいてよいように思います。とくにこれを、“仕事はできないのに趣味ができるなんて、病気の振りをしているのではないか”という風に考えるのは控えるべきです。

第三に、行動やしゃべり方、反応速度が遅くなっています。能率が低下し、仕事の課題や家事にそれまでより時間がかかるようになっています。たとえば、人の会話、テレビの画面の移り変わりについていけなくなります。ドラマの筋立てなどの理解が筋の進行に追いつかなくなりますし、ひどくなるとテレビの画面自体、(視覚的に)わずらわしく感じてしまいます。新聞を読むのに時間がかかりすぎ、なかなか読み進めません。“一緒に歩いていて、変に遅れるなと感じて、後ろを振り返るとずっと後ろの方をとぼとぼ歩いていた”という経験を話してくださったご家族がありました。声が妙に小さくなっている、などという場合もあります。

このような精神機能や行動のスピードの低下は仕事の能率低下、集中力の低下を招いているはずなのですが、現代に多い軽症の「うつ病」ではこのことをご本人が自覚していないことが多く、仕事が予定通りに捗らないことを“なぜかな?”と当惑気味に感じているだけ、ということが多いようです。また、ご本人が自分の精神状態を“おかしい”とは考えていませんから、ただただ仕事の遅れに焦り、そのために却ってミスを重ね、さらに仕事が遅れるという悪循環に陥っている、という場合も多く見られます。

第四に、「うつ病」では、睡眠の障害と食欲の障害がほとんど常に存在します。過眠過食のうつ病というタイプも存在しますが、「うつ病」の多くは、睡眠不足と食思不振を呈します。適切な時間、規則正しくぐっすり眠れていれば、うつ病に罹患しているとはまず考えられません。過眠の場合には、睡眠リズムが大きく乱れており、そのことが働くことへの支障となります。

第五に、一般に「うつ病」では、ご本人が深刻な面持ちで、死にたいと静かに語る(希死念慮と言います)とか、あまりに常識的でない、妄想に近いような悲観的考えや堂々巡りの考えをする、体の病気を異常に警戒し心配をする・・・などの場合がありますが、これらは軽症のうつ病では必ず出るとはいえません。ただし、治療を開始するときには“死にたい”などという言葉を使わなかったのに、病気が回復すると、苦しかったころのことを回想して“あのころは、どうやって死のうかなどと考えていた”と告白されることがあります。ちなみに、「死にたい」「死んだ方がまし」などの言葉が出る場合は、それがたとえうつ病ではなくても深刻な問題として対処しなければなりません。

うつ病の治療について

「うつ病」や「躁うつ病」の治療は基本的には、薬物療法が中心です。薬物療法を行わずに精神療法などの心理的アプローチだけで治療する方針は得策ではありません。しかし、薬物療法だけという治療方針も不十分です。とくに、うつ病を発症するに至る事情、その過程についてはつぶさに話し合って、発症の誘発要因にはどのようなものがあるか(複数想定できる)を探り当てておくことが必要です。ただし、上述しましたように、「うつ病」は特定のストレッサーが原因で発症する病気ではありませんので、「何が発病の原因か」という気持ちで病気の原因を探そうとすることは妥当でない、という点は常に意識している必要があります。

発症に関わる要因として探索すべき点は、

  1. 特有のストレス因stressorがあるか、それにどのように対処してきたか、
  2. 特有の状況(発病状況)があるか、その状況でどのように行動してきたか、
  3. ご本人の性格特徴の把握(誰しも、ストレス因に対処する仕方やストレス解消の方法、追い詰められたときの心理にその人なりの傾向があります。また普段の働き方、人間関係における態度、言動などにも個人的特徴が出ています)、
  4. 具体的、現実的困難(治療によっては変えられない具体的な困難がある場合、それを変更できるように考えていては、的はずれな治療方針をとることになります。それらは、具体的に、部分的にでも解消する手立てを講じるか、上手に回避する態度を身につけるか、などの対処法を模索すべきです)、
  5. ライフサイクル的課題(人生の各年代に与えられている課題がありますが、それを変更しなければならなくなる年齢、いわば年代的課題の移行期は誰にとっても精神的危機です)、
  6. 職業と能力のミスマッチ、
  7. 季節性の情動変化があるか・・・・

この他にもありますが,これらの諸点を医師と話し合って、自分の場合には何がいちばんうつ病誘発的だったのか、あるいはまた、どの要因がいちばん改変し易いか、などをはっきり把握することが重要です。とくに、うつ病の方は、病前の生活スタイル、仕事のスタイルに独特の特徴があることが多く、それがうつ病に陥りやすい傾向を生んでいるのですが、生活スタイルというものはなかなか改変できるものではないので、変更点をできるだけ少なくして、概ね病前の生活スタイルを上手に生かしていくという方針がよいと思います。

さらに、とくに強調しておきたい「うつ病」治療の要点があります。それは、「うつ病」から良くなるためには良好な「生活リズム」の維持が必須の条件だということです。食事や睡眠の生活行動などのリズムが整っていないと、「うつ病」から回復することは不可能です。良好な「リズム」は、快を求める気持ちが周期的な規則正しい行動パターンを生み出す過程で発生するものなので、食べたい、眠りたいという気持ちとともに食事、睡眠の行動が規則正しくなっていくことが重要です。このため、「うつ病」治療では、毎日をどのように快適に過ごすか、いわば暮らし方についても工夫し、考え直すことが必要になります。この点は、本来、もっとていねいに解説しなければならないところですが、「うつ病」で治療中のかた、またはそのご家族には、当メンタルヘルスセンターで行っているメンタルヘルス相談あるいは、関東中央病院メンタルヘルス科のセカンドオピニオンにて詳しくお話できると思います。

*セカンドオピニオンも受け付けています。電話などでお問い合わせください。