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病理診断科概要

病理診断科を知っていただくために

 皆さんは、病院の診療科の中に“病理科あるいは病理診断科”という部門があることをご存知でしょうか? 病院の診療科案内板を見ると末尾の方に記載してあるのが普通です。外来の診察室を巡ってみても“ 病理診断科” という部屋を見つけることはまずないでしょうし、病棟を回って見ても病理診断科のベットはありません。つまり、病理診断科は病院を訪れた患者さんにほとんど気づかれることのない“科”なのです。
 この部門で働く医者を“病理医”といいます。病理医は内科医・外科医・産婦人科医・耳鼻咽喉科医・精神科医といった多数の診療科の医師(臨床医といいます)と全く日々の仕事内容が異なります。
 その差を一言でいうなら、臨床医は生きた患者さん(生者)を診るが、病理医は亡くなった患者さん(死者)を詳細に観察するとなります。この仕事内容の差ゆえに、患者さんから見た医療の中に病理医の存在は見えないのです。

 病理医は病気の原因を調べるためにご遺族の承諾を得てご遺体を解剖(病理解剖)したり、ご本人の承諾を得て外科的に摘出した臓器(例えば、胃癌で摘出した胃、子宮癌で摘出した子宮、肺癌で摘出した肺、大腸癌で摘出した大腸など)や内視鏡で採取した小さな組織片(例えば、胃粘膜、大腸粘膜、子宮頸部粘膜、子宮内膜、肺組織、膀胱粘膜など)を顕微鏡で詳細に調べるのが仕事です。これら人体から取り出され血液の供給を断たれた臓器や組織に腐敗防止処理して作成された標本を、終日、顕微鏡を覗きながら物言わぬ細胞と自問自答を繰り返しているわけです。
 したがって、臨床医のように患者さんと対話することはなく、『これは正常な細胞の変化である、これは炎症である、これは癌細胞である、これは癌細胞の可能性がある、これは癌でも炎症でもない、ではいかなるものなのか? いくら考えても私にはわからない』という六つの判断を日々一人で繰り返す世界で仕事をしていることになります。それは、感情的(psychological)な判断を極力排除し、理性的(rational)な判断で成り立つ医療現場と言い換えることができます。
 死から生を振り返って考察する病理医の仕事の様態とはこのようなものです。

 これから申し上げることは、そのような一病理医から見た人間の一生の一考察です。

人間の一生は阿吽あうんの呼吸の中にある

 私たちの“生”はお父さんの精子とお母さんの卵子がたまたま運よく結合した受精卵に始まります。この受精卵の中にはお父さん由来の遺伝子とお母さん由来の遺伝子がほぼ1/2ずつ入り込んでいるわけですが、受精卵の出現は必然の賜物ではなく“偶然の結果”といえます。子宮内環境が整っていれば胎児期を経て新生児としてこの世に出現するというわけです。そう考えると、“私”の出現は“偶然の結果”であり、その偶然の結果を背負いながら小児期・青年期・壮年期そして老年期を突き抜け、“必然的な死”に向かって歩み続ける“運命”が“人間の一生”ということになります(図A)。古人曰く、「偶然と必然の交差するところに運命あり」と。

 私たちが生まれ育った地域には必ず鎮守の森として崇(あが)められる神社があるはずです。そして、その神社の正面には必ず一対の狛犬が鎮座しています。向かって右側には大きく口を開けて威嚇(いかく)する狛犬、左側には“むんず”と口を閉じて唸(うな)り威嚇する狛犬が。前者を阿行(あぎょう)といい後者を吽行(うんぎょう)と言います。“阿吽”は狛犬の相を表す言葉ですが、密教では阿は万物の根源を、吽は一切が帰着する所を言います。したがって、万物の初めと終わりの意味を包含しており、人間の一生を表現していると言っていいでしょう。

 出産の刹那に“オギャー”という力強い産声(うぶごえ)が起こります。縁起の良い泣き声ですね。このオギャーいう産声は吸気で発せられたものなのか?それとも呼気で発せられたものでしょうか? 発声は当然呼気で起こる現象ですから、“オギャー”という産声も当然呼気で発せられたものなのです。しかし、母胎内から外界に出た刹那に、外界の空気を肺いっぱいに吸い込んで思いの丈吐き出した声、つまり“吸気の後の呼気”が“オギャー”なのであって、生の始まりは産声に先立つ吸気なのです。
 では死にゆく人間の最後の呼吸はどうなのか?
 臨終の席に立ち会いその時の一部始終をしっかりと見届ければわかることですが、臨終は大きな吸気が起こり胸一杯に吸い込んだ空気を徐々に吐いてゆき完全に吐き出して口を“むんず”と閉じて、これでおしまいとなります。ですから、医師は、この最後の吸気が起こる前の呼気の終わりを見て“御臨終です”と宣言してはならないのです。
 人の一生は吸気で始まり呼気で終わるのです。まさに、阿行で始まり吽行で終わるわけです。古人曰く、「人間の一生は阿吽の呼吸の間にあり。」と。

 そう言えば、日本語の“ひらがな”は右側から書き起こし、“あ”で始まって“ん”で終りましたね。
 吽行で生者は死者に変容するわけですが、呼吸が停止すると速やかに顔面の随意筋である表情筋が弛緩しのっぺりとした顔に変貌します。それは老若男女の区別を超越した個人識別不能の顔、Aさん・ Bさん・Cさんが消失します。
 日々の生活の苦しみは失せ、静謐(せいひつ)の遙かなる時空へと緩(ゆる)やかに穏(おだ)やかに移行していきます。
 しかして、死者の顔はすべて同じものとなるのです。この死者の顔の唇の両端をわずかに下げれば、すべての人が仏様(如来)の微笑(みしょう)となります。 合掌

(このエッセイは、令和元年12月、国保直営総合病院 君津中央病院の広報誌“クローバー 第55号”に投稿したものを加筆したものです。君津中央病院の掲載許可をいただいています。 狛犬の写真は、玄武神社(京都府鞍馬口駅)のものです。)

 

●病理医のよりどころは、形態学を基本とする病理学(pathology)です。この病理学に関してもう少し深く知りたい方は、2012年4月から2014年3月まで2年間にわたってメヂカルフレンド社の月刊誌 Clinical study に連載された、『看護学生のための病理学教室 ―病気のしくみを学びに行く』を覗いてみてください。“炎症”についても学ぶことができます。

病理医はこれがなければ仕事にならない・・・
①スライドガラス標本

 病理医がどのような病気なのかを詳細に検討するためには、病気の部分から得られた人体の組織を顕微鏡で観察できるような標本を作成する必要があります。採取された組織は、すでに血流はなくなって死んでしまっているのでそのまま放置すると腐敗してしまいます。したがって、腐敗を防止するためにホルムアルデヒドの37%水溶液(ホルマリンといいます)に浸し、その強い蛋白凝固作用によって腐敗を停止させます(ホルマリン固定と言います)。この処理をした上で、ミクロトームという専用の器械で組織を薄く切断し(薄切といいます)(図A:ミクロトームと薄切操作)、染色を施して作成したものがスライドガラス標本です(図B)。

スライドガラス標本:胃癌で切除された胃から作成した標本。ピンク色の色素(エオジンといいます)と青色の色素(ヘマトキシリンといいます)の2種類の色素による染色でHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色といいます。あらゆる組織の染色に使われる病理組織染色の定番です。

 このスライドガラス標本の作成を一手に担うのが病理診断科に所属する経験豊かな臨床検査技師諸君です。

病理医はこれがなければ仕事にならない・・・
②顕微鏡

 臨床医の必需品が聴診器であるなら、病理医の必需品は顕微鏡です。人間の目の分解能は200μm(0.2mm)です。赤血球の直径は7μm。したがって、肉眼で赤血球を見ることはできません。病気の成り立ちを検討するには目に見えない様々な細胞を観察しなければなりません。それを可能にするのが、顕微鏡です。顕微鏡には様々なものがありますが、基本的なものは解像度の低いものから、実体顕微鏡(2〜30倍)・通常の顕微鏡(20〜500倍)・電子顕微鏡(10000倍以上)の順になります。下図は、当院で使用中の顕微鏡です。

実体顕微鏡(OLYMPUS SZX10)
顕微鏡(OLYMPUS BX53)
顕微鏡(LEICA DM3000 LED)

 多人数で同じ標本を顕微鏡(3人しか検鏡していませんが、4人用のディスカッション顕微鏡です)で見て意見交換が可能です。顕微鏡の像はCCDカメラを介してテレビに表示されるバーチャルな画像と比べて純粋に光学系のアナログ画像なので細胞たちの作りだす深い趣のある風景を見ることが出来ます。

診療スタッフ紹介

 病理診断科を構成するスタッフは、医師(病理医)と病理業務の経験を積んだ臨床検査技師からなっています。現在、死体解剖資格と病理専門医資格を持った常勤医師(井上)と非常勤医師(池村・鈴木)の3名と非常勤医師(大学院生:中山・井手山)2名の総勢6名で病理診断を迅速に行い、少しでも早い臨床医(主治医)への報告を心がけています。
 そして、病理解剖の補助と病理診断・細胞診断のための標本の作成を担う臨床検査技師は常勤5名の構成です。臨床検査技師は病理解剖補助・標本作成以外に喀痰・尿・子宮頸部・胸水・復水などの細胞診を行います(細胞診専門医の判断が入る前のスクリーニングを担う)。細胞診を行う臨床検査技師はサイトスクリーナー(細胞検査士)といい日本臨床細胞学会が認定する資格が必要です。細胞検査士有資格者は4名、国際細胞検査士有資格者は2名、病理二級検査士有資格は2名、特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者有資格者は2名、有機溶剤作業主任者は1名、認定病理検査技師は1名です。

常勤医師
氏名 井上 泰
職名 病理診断科部長
認定資格等 医学博士(東京大学)
死体解剖資格
日本病理学会専門医・研修指導医
日本臨床細胞学会専門医・研修指導医
専門分野・研究分野 人体病理学
非常勤医師
氏名 池村 雅子
職名 東京大学医学部病理学教室 講師
認定資格等 医学博士(東京大学)
死体解剖資格
日本病理学会専門医・研修指導医
日本臨床細胞学会専門医
専門分野・研究分野 人体病理学・神経病理
氏名 鈴木 理樹
職名 東京大学医学部附属病院病理部 助教 
認定資格等 医学博士(千葉大学)
死体解剖資格
日本病理学会専門医・研修指導医
日本臨床細胞学会専門医・研修指導医
専門分野・研究分野 人体病理学・肺病理

 その他、東京大学医学部病理学教室と連携協力関係にあり、常時、大学院博士課程病理学専攻の大学院生1〜2名を非常勤医師として受け入れ、病理専門医の資格獲得を目標に、病理診断の修練の現場を提供しています。ちなみに彼らはすでに病理診断学の基礎教育は受けており、死体解剖資格を取得しています。

非常勤医師(大学院生)
氏名 中山 敦仁
大学院 東京大学大学院博士課程医学系研究科病因・病理学専攻
氏名 井手山 真
大学院 東京大学大学院博士課程医学系研究科病因・病理学専攻
Memory

在籍いただいた非常勤医師の方々(2020年以降):

氏名 小林 佑哉先生
大学院 東京大学大学院博士課程医学系研究科病因・病理学専攻
在籍期間 2019年4月1日~2021年3月31日
氏名 深澤 京先生
大学院 東京大学大学院博士課程医学系研究科病因・病理学専攻
在籍期間 2019年6月27日~2021年3月31日
氏名 山澤 翔先生
職名 東京大学附属病院病理部 助教
在籍期間 2021年4月1日~2022年3月31日
氏名 堂本 裕加子先生
職名 日本医科大学附属病院病理部 講師
在籍期間

2020年4月1日~2022年9月30日

氏名 島田 修先生
職名 病理診断科DPJ細胞病理医院 院長
在籍期間

2017年4月1日~2023年3月31日

診療科実績

 病理診断科の実績は、内科・外科・産婦人科・耳鼻咽喉科・精神科などの臨床科と異なり、診察や手術を受けた患者さんの数ではなく、患者さんから診断のために採取した組織(胃粘膜・大腸粘膜・子宮頸部粘膜・子宮内膜などや腫瘍を針で穿刺して得られた組織など:生検組織といいます)や手術で切除して取り出した臓器や組織(胃癌で摘出した胃・大腸癌で摘出した大腸や直腸・肺癌で摘出した肺、脳腫瘍で切除された腫瘍組織など人体を構成するほとんどの臓器の腫瘍が対象となります)の1年間の件数と、亡くなられてご遺族の承諾が得られ施行した病理解剖(剖検(ぼうけん)とも言います)の1年間の体数で表します。
 具体的には、剖検(病理解剖)体数、病理組織診断件数、迅速組織診断件数、細胞診断件数ということになります。当院の2000年(平成12年)から2022年(令和4年)の病理診断科実績データを示しましょう。

  剖検体数 病理組織診断件数 迅速組織診断件数 細胞診断件数
2000 38(6) 4304 * 7256
2005 29(7) 4959 * 7288
2010 19(5) 3863 114 4237
2015 16(9) 4895 149 4095
2016 15(6) 5183 148 4435
2017 11(4) 5130 178 4554
2018 21(8) 4825 171 4340
2019 17(1) 4753 165 4456
2020 10(6) 3907 119 4017
2021 8(2) 4359 124 3771
2022 6(5) 4296 115 3838

*剖検体数のカッコ内の数字は、脳の解剖も行った数です。

 最近では、組織診断は5000件、細胞診断は4500件で推移していましたが、2020年~2022年はCOVID-19感染の影響が明らかで病理解剖を含め手術・検査件数の明らかな減少が見て取れます。

 この中で、迅速組織診断とは、手術中に組織を採取してマイナス80℃の液体窒素で瞬間凍結し、特別な迅速診断専用の器械(クリオスタットと言います: 器械と操作中の下図を参照)で薄く切り(厚みは4μm前後)、染色して作った標本をできるだけ早く顕微鏡で観察して診断することです。早ければ20分程度で標本作成と診断が完了し、病理医は手術室で待っている術者に結果を直接伝えます。その結果は、その後の手術の方法に大きな影響を与えます。
 この迅速組織診断は大きく2つに分けられます。① 予定迅速診断と② 臨時迅速診断です。予定迅速診断とは、術前に迅速診断をすることが決まっている場合で、通常、迅速診断といえばこの予定迅速診断を差します。具体的には、切除した手術材料の断端に癌細胞が達して露出していないかを判断します。この切除断端確認の迅速診断は、乳癌・肺癌・胃癌・膀胱癌・膵臓癌・胆管癌で極めてよく行われる迅速診断です。断端が陽性なら追加の切除が必要となります。また、所属リンパ節への転移の有無を確認するための迅速診断もよく行われるもので、予定迅速診断に含まれます(下図のリンパ節迅速診断の標本を参照)。もし、リンパ節に転移があれば手術の範囲を拡大しなければなりません。そして、もう一つ重要な予定迅速診断に入るものとして、臨床検査で悪性腫瘍を強く疑うのだが、良性の可能性もある場合の迅速診断です。例えば、肺癌を強く疑っているが臨床検査で確定診断ができなかった場合、開胸して腫瘍の一部を採取し迅速診断を行います。良性なら腫瘍の部分だけを切除して手術は終了しますが、悪性が確定すれば十分広く肺を切除し、所属リンパ節も全て取り去る大掛かりな手術に変更されることになります。
 一方、臨時迅速診断とは、迅速診断をする予定はなかったが、開腹や開胸手術でお腹の中や胸部の中を直接観察したところ、予期しなかった物を見つけた場合に行います。例えば、胃癌の手術でお腹を開けてみると、術前には早期の癌と判断されていたのに肝臓の表面に小さな白い結節が一つ見つかった場合。もし、これが癌の結節なら腹膜に転移していることになり手術方針の変更につながります。このような場合、外科医は病理診断科に連絡して、予定にはないが臨時で緊急に迅速診断をしてほしいと連絡が入ります。当然、病理医は了解して、病理診断科のスタッフの動きは慌ただしくなり、速やかに臨時迅速診断の準備に入るわけです。

●乳癌手術時に提出されたリンパ節(3.2x1.5mm)がスライドガラス上にHE染色されて乗っている。厚さを変えて薄切した二つの標本である。
●顕微鏡で観察(倍率は25倍):リンパ節の周辺がピンク色をして青色のリンパ球が集まっている領域と明らかに異なっている。乳癌細胞が広範に転移しているのである。
●転移した乳癌細胞(倍率200倍):青色のリンパ球を背景に大きな核をもったピンク色の乳癌細胞が集簇して観察される。

 病理医はリンパ節に明らかな転移が確認されたことを、速やかに手術場の執刀外科医に伝えます。外科医はリンパ節の郭清を加えた手術に方針を変えることになります。