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病気のはなし

老年心理と精神的不調

2018年12月

部長 松浪 克文

老年期には、癌や心臓の病気、脳卒中などの深刻な身体疾患が多いのですが、アルツハイマー型認知症、血管性認知症や老年期うつ病などの心の働きが衰える病気も少なくありません。誰でも年齢を重ねるにつれて物忘れや判断ミスが多くなりますが、それを「認知症の始まりではないか」と過剰に心配してしまう方も少なからずおられるようです。このようないわば「認知症恐怖症」は臨床的には、すでに早くも50歳代の方にも見られることがあります。

物忘れやミスの多発という現象は確かに認知症の初期に現れますが、慢性の身体疾患、心身の過労、特殊な意識障害、うつ病などにも見られます。特にうつ病では、年齢に依らず、頭重感や胃腸の調子の悪さ(下痢や便秘、食欲不振)などの体調の変化に加えて、物忘れが増えた、他人の話についていけない、計算を間違えてしまう、道を間違えてしまうなどの症状が現れます。このようなうつ病症状が認知症の症状であるかのように見えることがあります。これらは認知症症状のように見えるだけで実はうつ病の症状であるという意味で従来から「仮性の認知症」と呼ばれていました。現在は、うつ病が治れば見かけの認知症症状も治ることから可逆性の認知症(健康状態に戻る認知症の意)と呼ぶことが提唱されています。

ところで、老年期の疾患の予防と治療には、根気よく前向きに健康を維持しようとする努力が不可欠ですが、「健康のために」生きること以上に、人と人との生活の中で「楽しみのために」生きるという積極的な姿勢が大切です。そのためには、周囲の人たちとのコミュニケーションを欠かさないこと、趣味などの楽しみを追求する姿勢を失わないように心がけることが重要です。老年心理を探る指標の一つ、「老性自覚」(自分はすでに老年期にあるという自覚)の研究結果を参考にしますと、アメリカやイギリスの人たちは70歳になっても老性自覚を持つ人が50パーセントに達しないのに対し、我が国では60歳ですでに50パーセントの人が老性自覚をもっています。我が国の高齢者はこの点で、若者のような気持ちで人生を楽しむことに関して諦めが早いということが言えるのかもしれません。

しかし、日本人の「老性自覚」は必ずしも悪いことではない、という見方もできます。というのは、老年期には、成果を出すことに性急だった若い時代の成功や失敗を省みた上で、心と身体に無理のない肯定的な活動の仕方を選択することが容易になるからです。「老性自覚」の高い日本人はこのような心の構えをもつことが得意なのかもしれません。実際、日本人では老後の不安は中年期にピークに達しますが、大方の予想に反して、70歳代には約6割の人が不安を感じないと回答したとする報告があります。
老年期には若い世代とのコミュニケーションをはかりながら、老年期らしい、老年期独特の楽しみ方を追求する心構えが必要だということではないでしょうか。

詳しくはこちらの診療科にて

メンタルヘルス科

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