病気のはなし
離乳食いまむかし
赤ちゃんが生後半年にさしかかる頃、どのご家庭でも悩みの種になるのが、離乳食の始め方です。吐き出すのは当たり前、匙を近づけた瞬間に赤ちゃんが嫌がって重湯がはじけ飛ぶなど、与え方ひとつにも苦労がありますし、どんな順番で進めればいいか、どんな用意をすればいいか、考えは尽きないものです。
まず、現在利用されている、「授乳・離乳の支援ガイド」についてご紹介しておきたいと思います。
最近では2019年に改訂が行われた「授乳・離乳の支援ガイド」は、妊産婦や保健医療従事者を対象につくられたものです。ガイドの基本的な考え方としては、授乳及び離乳を通じた育児支援の視点を重視しており、また基本的事項を妊産婦、保健医療従事者で共有することで、一貫した支援を推進することを目的としています。
授乳のリズムや健診制度との関連についても細かく言及がありますが、やはり目を引くのは食物アレルギーの予防に関する支援と、最新の知見を踏まえた記載の充実です。特に卵の摂取時期については大きく変化が見られました。
さて、卵を与える時期については、みなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。卵ボーロから与える?固ゆで卵を慎重に与える?どれも、間違いではありませんが、現在お薦めされているのは固ゆでの卵黄から、それも、離乳食「初期」から与えることです。少し驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実は2019年の改定で、それまで「中期」からの開始だった卵黄を「初期」に前倒ししたのです。ここには、将来の食物アレルギーを予防する観点が関わっています。もちろん、赤ちゃんがアレルギー反応を起こす食物の代表格が卵である、このことには変わりありませんから、慎重に始める必要はあります。しかし、早めに始めるメリットを強調するようになったのですね。与えるための準備についても、ガイドではこと細かく紹介されています。
ここで、30年ほど時を遡ってみましょう。この頃の母子手帳には、離乳食を始めるにあたって、今とは全く異なる事項が書かれていました。それは「果汁」です。ご存知の方も多いでしょうか、この頃は、2か月くらいから果汁を与えることを推奨する記述がありました。しかし現在では、このようなごく早期に果汁を与えるメリットは特にないと考えられており、将来の嗜好形成にも栄養要求的にも、不要であるとされています。ちょうど今の親世代の育った時代の常識が今は通用しない、そういう体験はたくさんあると思いますが、離乳食も例外ではないのですね。
ただ、実は30年くらい前にもなるとすでに離乳食を取り巻く環境はそれ以前よりずっと改善していて、それは衛生環境、食物の供給や経済の安定も関与しています。離乳食を始める時期そのものは、5~6か月齢で今と変わらないですし、食材の利用方法もすでにおおむね確立されていたのです。では、さらに30年さかのぼるとどうでしょうか。
今から60年も前となりますと、日本を取り巻く栄養、衛生環境も大きく違っていて、都市部と地方の差も大きかったと考えられます。当時の文献を紐解くと、離乳食を与える時期については特に変わりがなく、やはり5~6か月を目安としている一方で、でんぷん質主体の食事であったことが見て取れます。もちろん、赤ちゃんに不足しがちなたんぱく質を摂取される重要性は当時から認識されていましたが、興味深いのは、漫然と成人と同様の食事を与えていると栄養不足になる、という傾向があったことです。これは地方に顕著な傾向であったそうで、乳離れをすると同時に成人の食事と同じバランスで食事を与えてしまうと、現在よりもはるかに穀物の割合が多かったためでしょう、「おなかの出た子」ができてしまうという記述も見受けられます。必要なたんぱく質を摂らず、炭水化物に偏った食事を続けるとKwashiorkor(クワシオルコル)と呼ばれる栄養失調に陥ることが知られていますが、これは栄養不足による浮腫などの影響で「おなかの出た子」になってしまう病態です。おそらく、現在では想像するのも難しいことですが、日本における栄養供給の環境はまだまだ整っておらず、またその理解も進んでいなかったのでしょう。今ではむしろ、もし成人と同じバランスで食事を与えることができれば、おおむね問題のない離乳が達成できたと言えます。
ほかにも、当時は牛乳を与えることが許容されているなど、いろいろと違いがあったようですが、とりわけ驚きなのは、実は卵を与えるタイミングが5~6か月齢という離乳初期に設定されていたことです。しかも卵黄だけでなく全卵を用いた料理もが、離乳食向けとして当時の書籍では紹介されています。これは食物アレルギーの発症頻度が今とは異なっていたことと無関係ではないでしょう。また、鶏卵は当時も貴重なたんぱく質の供給源でした。栄養第一と考えるなら、また、アレルギーのリスクを無視できるなら、これほど良いものはなかったのでしょう。実は、さらに10年もさかのぼると卵を与える時期はやはり中期以降に推奨されており、栄養事情に即した発育の改善を目指して、とどまることなく見直しが行われていたことが察せられます。
ごく簡単にいまとむかしの離乳食事情を振り返ってみましたが、いかがでしたか?一人のお子さんが成人するくらいの時間で、常識が目まぐるしく移り変わっていったことが、お分かりいただけたかと思います。そして昔も、赤ちゃんの成長に大人が苦心して、少しでも良い道を探そうとしていた。その積み重ねで今があることも、少し実感していただけたのではないかと思います。
離乳食には上で述べたように詳しい指針がありますが、お子さん一人一人に合ったやり方があり、実際は考えながら進めていくものでもあります。もし疑問があれば、小児科医にどうぞ、遠慮なくご相談ください。
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