メニュー

公立学校共済組合 関東中央病院

  • フォントサイズ
  • 小
  • 中
  • 大

病気のはなし

病理診断科を知っていただくために

病理診断科部長 井上 泰

 皆さんは、病院の診療科の中に“病理科あるいは病理診断科”という部門があることをご存知でしょうか? 病院の診療科案内板を見ると末尾の方に記載してあるのが普通です。外来の診察室を巡ってみても“病理診断科” という部屋を見つけることはまずないでしょうし、病棟を回って見ても病理診断科のベッドはありません。つまり、病理診断科は病院を訪れた患者さんにほとんど気づかれることのない“科”なのです。

 この部門で働く医者を“病理医”といいます。病理医は内科医・外科医・産婦人科医・耳鼻咽喉科医・精神科医といった多数の診療科の医師(臨床医といいます)と全く日々の仕事内容が異なります。

 その差を一言でいうなら、臨床医は生きた患者さん(生者)を診るが、病理医は亡くなった患者さん(死者)を詳細に観察するとなります。この仕事内容の差ゆえに、患者さんから見た医療の中に病理医の存在は見えないのです。

 病理医は病気の原因を調べるためにご遺族の承諾を得てご遺体を解剖(病理解剖)したり、ご本人の承諾を得て外科的に摘出した臓器(例えば、胃癌で摘出した胃、子宮癌で摘出した子宮、肺癌で摘出した肺、大腸癌で摘出した大腸など)や内視鏡で採取した小さな組織片(例えば、胃粘膜、大腸粘膜、子宮頸部粘膜、子宮内膜、肺組織、膀胱粘膜など)を顕微鏡で詳細に調べるのが仕事です。これら人体から取り出され血液の供給を断たれた臓器や組織に腐敗防止処理して作成された標本を、終日、顕微鏡を覗きながら物言わぬ細胞と自問自答を繰り返しているわけです。

 したがって、臨床医のように患者さんと対話することはなく、『これは正常な細胞の変化である、これは炎症である、これは癌細胞である、これは癌細胞の可能性がある、これは癌でも炎症でもない、ではいかなるものなのか?いくら考えても私にはわからない』という六つの判断を日々一人で繰り返す世界で仕事をしていることになります。それは、感情的(psychological)な判断を極力排除し、理性的(rational)な判断で成り立つ医療現場と言い換えることができます。

 死から生を振り返って考察する病理医の仕事の様態とはこのようなものです。

病理医はこれがなければ仕事にならない・・・
①スライドガラス標本

 病理医がどのような病気なのかを詳細に検討するためには、病気の部分から得られた人体の組織を顕微鏡で観察できるような標本を作成する必要があります。採取された組織は、すでに血流はなくなって死んでしまっているのでそのまま放置すると腐敗してしまいます。したがって、腐敗を防止するためにホルムアルデヒドの37%水溶液(ホルマリンといいます)に浸し、その強い蛋白凝固作用によって腐敗を停止させます(ホルマリン固定と言います)。この処理をした上で、ミクロトームという専用の器械で組織を薄く切断し(薄切といいます)(図A:ミクロトームと薄切操作)、染色を施して作成したものがスライドガラス標本です(図B)。

スライドガラス標本:胃癌で切除された胃から作成した標本。ピンク色の色素(エオジンといいます)と青色の色素(ヘマトキシリンといいます)の2種類の色素による染色でHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色といいます。あらゆる組織の染色に使われる病理組織染色の定番です。

 このスライドガラス標本の作成を一手に担うのが病理診断科に所属する経験豊かな臨床検査技師諸君です。

病理医はこれがなければ仕事にならない・・・
②顕微鏡

 臨床医の必需品が聴診器であるなら、病理医の必需品は顕微鏡です。人間の目の分解能は200μm(0.2mm)です。赤血球の直径は7μm。したがって、肉眼で赤血球を見ることはできません。病気の成り立ちを検討するには目に見えない様々な細胞を観察しなければなりません。それを可能にするのが、顕微鏡です。顕微鏡には様々なものがありますが、基本的なものは解像度の低いものから、実体顕微鏡(2〜30倍)・通常の顕微鏡(20〜500倍)・電子顕微鏡(10000倍以上)の順になります。下図は、当院で使用中の顕微鏡です。

実体顕微鏡(OLYMPUS SZX10)
顕微鏡(OLYMPUS BX53)
顕微鏡(LEICA DM3000 LED)

 多人数で同じ標本を顕微鏡(3人しか検鏡していませんが、4人用のディスカッション顕微鏡です)で見て意見交換が可能です。顕微鏡の像はCCDカメラを介してテレビに表示されるバーチャルな画像と比べて純粋に光学系のアナログ画像なので細胞たちの作りだす深い趣のある風景を見ることが出来ます。

病理診断科は臨床各科が“正確な診断”を手に入れる支援をしています。

 どんなに外見が美しい病院であっても、どんなに高額な最新式の医療機器が備わっていても、患者さんを目の前にする主治医の医者としての総合力がしっかりとしたものでなければ“正確な診断”に到達することはできません。どんなに素晴らしい治療機器があっても、どんなにその医者の手術テクニックが高度であっても、その診断が間違っているなら間違った頓珍漢な治療が行われることになります。それは、敵(病気)の居場所を特定できないまま、鉄砲を闇雲に撃つことと同じです。

 詰まるところ、臨床医学に関わる医者の最も重要な使命は“正確な診断を迅速に行う”です。その結果として適切で納得してもらえる治療を患者さんに提供できるからです。診断が正確であれば、自ずと治療はついてくるのです。

 病理診断科はこの臨床各科の診断過程に質の高い情報を提供するのが任務です。したがって、病理医は患者さんに顔を見せる必要はなく、陰から正確な診断を求めて仕事をすることになります。

詳しくはこちらの診療科にて