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公立学校共済組合 関東中央病院

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病気のはなし

胃とピロリ菌について

消化器内科医長 神宝 隆行

 胃の病気は昔から日本人にとって身近な存在でした。ちょっとした胃炎はもちろんのこと、胃潰瘍や、さらには胃癌など生命を脅かす病気も、身近で見聞きすることは多いと思います。かの文豪・夏目漱石が胃潰瘍からの大量出血で亡くなったことも有名ですね。

 実は上に挙げた胃の病気のかなりの部分が、Helicobacter pyloriという、胃に住みつく細菌によって引き起こされていることが1990年代に判明しました。(ヘリコバクター・ピロリと発音するのが日本では一般的で、通称ピロリ菌と呼ぶことが多いです。) 幼少期に食事や井戸水など口から摂取するものにより感染が成立し、その後数十年にわたって胃の中に住み続けます。胃の中は胃酸により強い酸性に維持されているため多くの細菌は生きていけないのですが、ピロリ菌はウレアーゼという酵素をつくることでこれを中和し、生存することができるのです。

 このピロリ菌は胃粘膜に住みつくと、ウレアーゼやその他の物質を作り出し、胃粘膜にダメージを与えていきます。体の方もこの刺激に反応して免疫細胞が多く集まり、慢性胃炎の状態が続きますが、これ自体は必ずしも自覚症状を伴いません。しかし成人以降、炎症にさらされ続けた胃粘膜が徐々に荒廃していき(これを萎縮と呼びます)、胃液に含まれる胃酸や消化酵素の元(ペプシノーゲン)の生産が低下していきます。胃酸自体の量は減りますが、胃粘膜のダメージやそれに対する修復能力の低下がより上回るため、胃粘膜が胃酸により損傷されやすくなり、時に胃粘膜が大きく欠損した傷口をつくる場合があります。これが胃潰瘍です。こうなると多くの場合は痛みを伴いますし、潰瘍が深い場合は粘膜の奥を走る血管が損傷され胃内に出血を起こしたり、さらに深くなると胃壁を貫通する穴が開いてしまい(穿孔)、緊急開腹手術が必要となる場合もあります。胃内に出血が起こった場合、多量の出血であれば真っ赤な鮮血を吐血しますが、少しずつ出血している場合は吐くものが胃酸の影響で黒く変色していたり、嘔吐することなく便が黒いことで異常に気付いたり、貧血が進んで立ちくらみや息切れ、倦怠感という症状で気付かれる場合もあります。穿孔の場合は激烈な腹痛があるのが特徴です。これらの症状がある場合はすぐ医療機関を受診されることをお勧めします。

 幸い、近年は胃酸分泌を強力に抑制するプロトンポンプ阻害薬(通称PPI)と呼ばれるタイプの胃薬を使用することができ、また出血に対しては緊急で内視鏡検査を行い、出血している潰瘍に対して止血処置を施すことができるようになったため、胃潰瘍による緊急手術や死亡は激減しました。なお胃潰瘍はピロリ菌以外にも、NSAIDsと総称される多くの鎮痛薬(ロキソニンやボルタレンなど)や血栓を予防する薬(バイアスピリンやワーファリンなど)でも出血を起こしやすくなることが知られていますので、これらを長期間服用される場合は胃薬を併用するなど配慮が必要です。

 一方、胃粘膜が荒廃すると、体はなんとか組織を再生しようとしますが、元の胃粘膜とは異なるタイプの粘膜組織になってしまうことが多く、ここにピロリ菌の毒素の影響も加わって、発癌に至りやすいことが知られています。胃癌は早期の段階で一定の条件を満たしていれば内視鏡で完全に切除して治癒を得ることもできますが、より進行した場合には手術により胃の一部または全部を切除することが必要になったり、他の臓器への転移が認められれば少なくとも根治は諦めなければならないことも多くあります。早期の胃癌は通常無症状ですので、特にピロリ菌がいる(あるいは過去にいた)方は年1回を目安に内視鏡による検診を受けるのが良いでしょう。

  このようにピロリ菌は多くの胃の病気を引き起こすため、ピロリ菌がいることが分かった場合は除菌治療を受けることが推奨され、保険適応にもなっています。血液検査の他、呼気や便を使った検査でもピロリ菌の有無をチェックすることができます。もし検診などで これらの検査によりピロリ菌陽性とされた場合は、内視鏡検査を受けて胃潰瘍や胃癌など重大な病気が既にないか確認した上で、除菌治療を受けることができます。除菌治療は胃薬(1種類)と抗生剤(2種類)を7日間朝夕に内服するというもので、現在はこの方法で約95%の方が除菌に成功しています。除菌に成功したかどうかの判定は、呼気や便を使用して1~3か月後あたりに行なうのが一般的です。もし除菌が不成功の場合は、薬の内容を一部変更してまた同様に7日間内服します(二次除菌)。

 ピロリ菌除菌に成功した場合、胃潰瘍を起こす可能性は劇的に低下すると言われ(ただし、前述の鎮痛薬や血栓予防薬を使用している方は引き続き要注意)、胃癌になる可能性もある程度低下するとされています。しかし危険性がゼロになるわけではなく、実際に除菌後に胃癌を発症する方も珍しくありませんので、除菌に成功しても年1回の内視鏡検査は続けることをお勧めします。なお成人の場合、一度ピロリ菌除菌に成功すれば、再度感染する危険性は極めて低いことが知られていますので、ご安心下さい。

 ちなみに、現代日本では衛生環境の改善などに伴い、若年層ほどピロリ菌の保菌率が低くなっており、さらに保菌者の方も除菌を受ける方が増えてきているため、いずれ旧来のような胃潰瘍や胃癌は珍しい病気になるのではないかと言われています。もし漱石が今の時代に生きていれば、もっと長生きできたかもしれませんね。

胃とピロリ菌について

複数の研究が示す通り、日本では若い世代ほどピロリ菌の感染率が低い傾向が明らかになっています。
(厚生労働科学研究成果データベース文献番号201605033A「ヘリコバクター・ピロリ除菌の保険適用による胃がん減少効果の検証について」より引用)

胃とピロリ菌について

01:吐血が見られたため緊急入院した患者さんの内視鏡写真。写真中央に大きな胃潰瘍が認められ、写真奥にも複数の胃潰瘍が認められます。これらから出血していた(現時点では一時的に出血が止まっている状態)と考えられます。このような場合、内視鏡から処置具を出し入れして止血処置を行う場合があります。

胃とピロリ菌について

02:上と同じ患者さんです。内視鏡で止血後、プロトンポンプ阻害薬(PPI)の内服を継続することで、2ヶ月後、外来での内視鏡検査で胃潰瘍が良好に瘢痕化(傷口が塞がる)していることを確認できました。

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